hokensitu


 オレ、エトウノコトスキダ。


 その台詞をそのまま頭の中で反芻しても、一文字ずつ分解してみても、カタカナに変換してみても、まったくもって意味が入ってこなかった。ぽかんとしている私と、あーっとまたもや頭をかきむしっている三谷野。

 なんだこの構図は。なんなんだ。

 わずかな沈黙のあと。がらがらっとドアが開く音がそんな空気をやぶり、今度こそ中原先生が顔を出した。大柄な中原先生は、トレードマークのポニーテールを揺らしながらずんずんと大股で歩く。

「江藤さん、もう起きたの?」

 からっと明るい中原先生に、小さく頷いて布団を引き寄せた。そんな私と三谷野を見比べ、中原先生はからかうように、変なことしてないでしょーね、と三谷野の肩をぱしんと叩いた。するわけねーだろ! 三谷野は口をへの字に曲げる。


「ショック症状もあるかもしれないけど、主に貧血かなぁ」

 三谷野をパーティションの外に追い出し、中原先生はそう診断した。先生は私のおでこにそっと触れる。まだヒリヒリしているおでこに、先生のさらっとした冷たい手のひらは心地よい。症状もまだあるし、落ち着くまで休んでいってね。

 先生! 小麦色の手が、パーティションの上でぴょこぴょこしている。まだ保健室にいたのか、と小さく舌打ちする。

「俺、部活の練習が終わったら、江藤を家まで送っていきます!」

 なっ。突然の申し出に声を上げた。いらない! そんなのいらない!

「せっかくだし、送ってもらったら? ご両親、お仕事で今すぐ迎えに来るのは難しいんでしょう?」

 頭痛と共に頭を抱えた。反論できる材料がない。



 何がなんでも、サッカー部の練習が終わるまでに復活して一人で下校してやる。

 と意気込んだものの、完全回復するにいたらなかった。ベッドからのそっと起き上がった頃には窓の外は橙色に染まっていて、下校時刻を知らせる校内放送が流れている。カラスと一緒に帰りましょう。

 そっとパーティションから顔を出した。直後、するするっとドアが開き、満面の笑みの三谷野が顔をのぞかせた。

「ナーイスタイミング!」

 どこがじゃ、と突っ込む元気ももはや湧かず、大きなため息をついた。結局、三谷野を従えるように保健室を出る羽目になった。

 下校時刻を回った校舎は、部活動の片づけをしている生徒でにぎやかだった。着替えるために教室に戻っていく生徒に、ぞろぞろと下駄箱に向かっている生徒。その流れに混ざって昇降口に行き、スニーカーに履き替えていたら。夏子なつこー、と声をかけられた。トランペットのケースを抱えた、小学校時代からの友人だった。

「今帰り?」

 訊かれて頷いた。さっきまで保健室にいたから。

「また? 大丈夫なの?」

「もう全然。今から片づけ?」

「そうそう。今日はパート練習だったから」

 じゃあね。音楽室へ向かう友人に手を振った。その後ろ姿を見送り、上履きを下駄箱に突っ込んで顔を上げると、先にスニーカーに履き替えた三谷野がガラス扉にもたれて私を待っていた。ポケットに両手を突っ込んだ三谷野の視線とかち合う。

 何か言いたげな視線から目を逸らし、三谷野の前を素通りして黒い日傘を開いた。