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 雨だ。

 呆けたように空を見上げ、三谷野が呟いた。私も同じように天を仰ぐ。

 いつの間にか、灰色の雲が空を覆っていた。
 雨粒を落とす曇天をぼうっと見ていたら、視界が暗くなった。広げた濃紺の折りたたみ傘を、三谷野が私に差し出している。

「貸すよ」

 傘の柄に手を伸ばさないでいると、いいから、と無理やり押しつけられた。私の家近くだし、日傘もあるから。そう返そうとしたが、遠慮は御無用、と三谷野は武士のような口調になって両手で制す。雨粒はみるみるうちに大きくなって、三谷野のワイシャツに染みを広げていく。

「俺んち、走れば五分かからないから」

 三谷野は近くの高層マンションの名前を挙げた。その真向いの古い家が俺んち。

「っつーことで、雨も降ってきたし、俺はいったん退散するわ。祭りに行くかどうかは、明日訊くからな!」

 今日はゆっくり休めよ! 三谷野は最後にそう言い残し、ぱたぱたと走っていってしまった。

 ぽつんと取り残され、去っていく三谷野を見送った。雨音が急に大きくなったような気がした。騒がしい三谷野がいなくなったからだろうかとも思ったが、それ以上に雨の勢いがどんどん強くなってきた。うなる腹の虫のような雷も聞こえてくる。

 嵐の予感。

 押しつけられた傘を足元に下ろして畳んだ。無理やり渡された傘を使うのはしゃくだったし、それに、太陽を隠す雨は嫌いじゃない。大した距離でもないし。畳んだ傘を手にしたまま、日傘で雨のカーテンを突き破るように走った。ほてった手足を正面から叩くぬるい雨は気持ちよい。

 なだらかな坂の途中にある一軒家が我が家だ。玄関の軒下に到着し、すっかり重くなった日傘を畳んで大きく一息ついた。足元に三谷野の傘を置いてドアを開ける。

 玄関の時計を見ると、もうすぐお母さんが帰ってくる時間だった。面倒で、電気もつけず暗い廊下をぺたぺたと歩き、タオルを取りに洗面所に向かう。濡れた靴下が廊下に点々と足跡を残していた。

 乾いたタオルで前髪を拭いていたら、ふぅっとため息が漏れた。ちょっとだけ、しんどい。病み上がりで走ったのはよくなかった。

 湿ったタオルで顔を覆って、三谷野のことを思い出す。

 三谷野は私のことを、夏子って呼ばなかった。

 タオルをかぶったまま自室に戻った。別に、いいんだけどさ。濡れた制服を脱ぎながら誰にともなく呟いてみたりする。そんなことは別に、いいんだけど。

 誰かに告白されて嬉しいとかそういう気持ちが一パーセントもないなんていったら嘘になるけど。残りの九十九パーセントを占めるのはイライラだった。

 似た者同士だなんて、冗談じゃない。


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