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 外はむわっとしていて、熱を持った空気はべたべたと肌にまとわりつく。
 明日は終業式。夏休みはすぐそこだという事実に、ずっと重たかった気分は少しだけ軽くなり、そしてすぐにもとの重さに戻った。どうせ、家から出ることなんてほとんどないまま夏は終わっていく。夏休みは嫌いじゃないけど、別に休みが夏じゃなくてもいいと思う。秋休みとかさ。
 
 校舎をぐるりと回って裏門から出て、坂の多い住宅街を歩いた。三谷野は黙ってついてくる。私よりも十センチ以上背が高い三谷野は、当然ながら脚も長いはずで。普通に歩いたら、どうやったって一歩前を行くはずなのに、不自然なくらい歩調が遅い。仕方ないので私はもっと遅く足を動かすのだけれど、三谷野はさらに歩みを遅くする。

「無理して合わせてくれなくてもいいんだけど」

 学校を出るまではきれいな夕焼けだったのに、東の空から厚い雲が広がっていて、なんとなく街は薄暗かった。街頭にぽつぽつと白い明りが灯り始める。

「俺は無理はしない主義だ」

 こっちがどんなに突き放しても、三谷野は普段と変わらない明るさで返してくる。こういう奴だからしょうがないと諦めればよいのか、どういうつもりなんだとイライラすればよいのか。三谷野のことを知らなすぎて、判断できない。

 さっきさ。唐突に、三谷野が切り出す。昇降口で話してたのって、隣のクラスの<ruby>花村<rt>はなむら</rt></ruby>だよな?

「同じクラスになったことないのに、接点なんてあるの?」

 なんでそんなこと三谷野が知ってるの? 三谷野は答える代わりに、してやったりと言わんばかりにニッと笑んだ。訊かなきゃよかった。

「小学生の頃に、吹奏楽部で一緒だったの」

 これ以上訊いてくれるな、という空気をかもしたつもりだった。なのに、三谷野は空気を読まない。

「なんで中学では吹奏楽続けなかったの?」

 ほらほら、こういうこと訊いてくるんだ、コイツは。

 別にいいじゃん。ぼそっと答えた私に、三谷野はなおも喰い下がる。別にいいなら話しても別にいいじゃん。なんだかんだで私は疲れていたし、そんな三谷野をいなすのはとても面倒で。

「うちの学校の吹奏楽部、マーチングがメインだから」

 マーチングというのは、楽器を演奏しながら、行進をしたりフォーメーションを組んだりするパフォーマンスのことだ。遊園地などでも、兵隊のようなぴしっとした格好をした楽団が、ぴしっと揃った行進や踊りをしながらかっこよく演奏していることがある。炎天下で楽器を持って行進なんて、できるわけがない。やれるものならやってみたいけどさ、なんて負け惜しみみたいなことは、絶対に口にないけど。

 ふいに、三谷野が足を止めた。町内掲示板をじっと見ている。でかでかと貼られた、稲浜神社の祭りのポスター。

「さっきの返事、訊いてないんだけど」

 人に嫌な話をさせておいて、そっちは無視かい。と思ったら今度こそイラッとした。何の? とにらむ。

「お祭りに、誘ったつもりだったんだけど」

 やっぱり、訊き返さなきゃよかった。

「出店回ったりとかさ、してみたいなぁなんて」

 絶対楽しいと思うんだ。なんて、三谷野は目をきらきらさせる。私の気持ちなんて一切無視して『絶対楽しい』だなんて断言できる三谷野の神経が信じられない。イライラを通り越して呆れてしまう。

「からかうのもいい加減にしてよ。ろくに話したこともないのに」

 三谷野は後頭部の髪をくしゃっと掴んで、決まり悪そうに横目で私を見る。まぁ、それはそうなんだけど。

「話したことなかったら、お祭りに誘っちゃいけないわけ?」

 そうじゃないけど、と言いかけたが、口をつぐんだ。くどくど説明する必要なんてないくらい明確なことだ。

 そんな私の気持ちを見透かしたように、三谷野は言葉を続ける。

「だから、冗談でもなんでもないんだって。俺はずっと、似た者同士かなって思って、逸子のことを見てたんだ」

 そのときだった。ぽつっと頬に生ぬるいものが当たった。